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2010'07.28 (Wed)

イシス神殿とピラミッドとスフィンクス

ケイシーのリーディングでは、スフィンクスが紀元前10,000年を超える、かなり昔に建造されたと指摘している。

またスフィンクス近くにはまだ開かれていない記録室があるとも語っている。

X嬢はセリム・ハッサン博士著「ギザにおける発掘、スフィンクス」第8巻から次のような記述を発見した。


この石柱はイシス神殿(大ピラミッド付近にある)がクフによって発見され彼によって再建されたこと、また落雷で壊れたスフィンクスが修理されたと記している。
これが本当であれば、イシス神殿とスフィンクスの両方の年代がクフ王(第4王朝、紀元前2900年)以前ということになる。
この石柱は「ピラミッドの女王イシス」に奉納されたもので、この地域ではクフ王がピラミッドの建造者であったと考えられているため、今の説では説明が困難である。
この石柱を捏造と考える者もいるが、スフィンクスに今でも見られる破損個所の数値は、そこに述べられている修復の数値に一致する。
また、イシス神殿とスフィンクスとの関係で述べられているオシリス神殿の配置は正確で、オシリス神殿は述べられた通りの場所に発見された。


X嬢はスフィンクスを調べて、両前足の内部の輪郭が巨大な石灰岩の切石で固められているのを発見した。

これは外側のレンガ細工の覆いが不完全になっている所から見ることができる。

右後足も同じ石灰岩の巨石で完全に仕上がっている。

その場所から砂をどける際にハッサン博士と仕事を共にした、ミセス・メギドによれば、胴体の後方、尾が始まる所に、石灰岩の巨石があったという。

これらは調査されなかったが、やはりレンガで覆われていた。

X嬢は報告をこう締めくくっている。


その証拠は僅かで、決定的なものではないが、有望である。
目に見える証拠だけがより徹底した調査の基盤となる。
それについて知られている記録がないからである。
セリム・ハッサン博士はスフィンクスから砂をどけて壊れた部分を修復したが石はどけていない。
スフィンクスについての現代の情報はほとんどない。
誰がそれを建て、何故大半が推測のままなのか、そうした情報は、普通、神殿の下に埋もれているので、何かそのようなものがスフィンクスの両前足を成す石灰岩の巨石の下に発見されるかもしれない。



X嬢はエジプトに初めて旅してから、カリフォルニアに戻り、初期エジプト史の課程をさらに修めている。
彼女はさらに考古学的調査を行うためにエジプトに戻ったが、中東情勢が不安定な今、その仕事は中断したままである。
(1968年当時)



(アトランティス より)

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21:12  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~当時の人の容姿と「イシイ」という名前~

紀元前10,500年頃の一部のエジプト人の外観を多くのケイシーによるライフ・リーディングが述べている。

多くは青か灰色の瞳と金髪で特徴づけられている。

大半のエジプト人は、肌が黒く、黒い瞳と黒髪と考えられている。

X嬢(匿名)はギザの大ピラミッドとスフィンクスとの間にある墓に、黄色の髪の女性を描く壁画が残されていると語っている。

この髪の色が多くの考古学者を悩ませてきた。

カイロ博物館にはコーカサス系の特徴を持つ4つの頭もある。

この初期エジプト時代に言及する一連のライフ・リーディングは神官の着衣についてこう述べている。

・神官たちの衣(ローブ)は頭の後にフードを付けた灰青色のもので、ウエストのあたりには紫色のふさのついた金色の帯があった。

カイロ博物館でX嬢は、「風変わりな衣装」と説明の付いた服を着る、小さな木像と大きな石灰岩像とを見つけた。

その服は、古王朝時代にエジプト人が普通着ていたキルトではなく、衣(ローブ)であった。

X嬢はライフ・リーディングから人の名前を写し取った。

この中にはスフィンクス近くの墓に埋葬されたとされる「アル・カル」、リーディングによれば内宮の多くに発見される「イシイ」という人名、またリーディングで大ピラミッドの建造者とされるヘルメスの名がある。

彼女は、ポーター&モス共著の「年代記Ⅲ:メンフィス」に、大ピラミッドとスフィンクスの間にある東共同墓地7101号がカルという人の墓であると記載されているのを発見した。

アビドス在住の英国のエジプト学者、ミセス・メギドによれば、イシイという名が内宮の多くの場所に刻まれている。

ハワード・バイス著「ギザの大ピラミッド」第2巻、アラブ史家アル・マキール(西暦672年)の章には、
「ヘルメスがピラミッドを建てた」という記述がある。
ヘルメスを大ピラミッドの建設者とする史家は他にもいる。

イブン・バトータ「大ピラミッドの建築者ヘルメスは、洪水の際に科学を保存するために・・・・・・。」
ワトワティ「ヘルメスがピラミッドを建てた。」
マクリミ「ヘルメスとその妻が2つのピラミッドの中で統治した。」



(アトランティス より)
20:54  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~保管庫の記録に記されていること~

・その実体、ヘプトサフトが、当時、各々の場所に収められた記録と建物の保管を指示した。
すでに述べた通り、平和の君がその地に入る10,500年前のことで、この献身式でヘプトサフト自らが定めた行為を通して、秘伝者となるために学ぶものである。

問 「封じられた部屋に何が収められているのかを、詳述してください。」

ケイシー「霊魂が地上で形をとり、受肉し始めた時代の始まりから、受肉を通しての人類の発達、最初の破壊とその地に起きた変動の記録、人々の生活と他国でのさまざまな活動、アトランティス破滅に際してすべての国々が召集された会議の記録、誰に、何に、どこにその記録が開かれるのかを記す記録であり、沈没したアトランティスからの写しである。
地球の変動に伴い、アトランティスは再度浮上してくるに相違ない。
位置についていえば、太陽が水平線から上昇し、その光線がスフィンクスの両手の間に落ちる所に横たわっている。
スフィンクスは、後に番人、守護者として据えられたものであり、この人間経験の天体に変動が活発化してくる時代が満ちるまでは、その右手から入れる連絡路からここに入ることはできないだろう。
そのように、これは今もスフィンクスとナイル川との間に眠っている。
(※ナイル川は今はスフィンクスからかなり隔たっているが、記録のピラミッドが建造された頃には、古地図が示しているようにずっと近くにあった。)


・その人は、今エジプトとして知られている地にいた、特にアトランティスの影響を受けたアビシニア人の1人だった。
その人は、アトランティスから来た人々に加わり、後に巫女となった。
その地の山のいくつか、特に上ナイルにおいて、そこでの墓に通じる入り口付近に、彼女の像が発見されよう。
当時の名をエイ・エルレインと呼び、次のようなヒエログリフが発見されよう。
イベクスという名の鳥、角のある人間、逆のイベクス、イピスの聖牛、頭巾をかぶるエチオピアの男、十字、上向きの蛇、シンボルのある杖。
これは今生でのシンボルにすべきであるが。
Bを互いにくっつけ合い、蛇の頭を上にもってきたものである。


(アトランティス より)
20:35  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~アトランティスの記録の保管庫が眠る地~

・その実体はアトランティス人の発展の記録と契約を保管するために、エジプトに入ったアトランティス人の一人であり、神官の召還に伴って、一神を奉じる礼拝への奉仕と活動が統一されたときに力を握った。

・その人は紀元前10,500年に生きていた。
当時のその実体の生涯の活動が今も記録のホールに保管されている。

・エジプトで、特にアトランティス人たちが、記録を保管した建造物を多くデザインした。

・アトランティスとエジプトで、その実体は記録を保存するためにエジプトに来た人々の一人で、
発掘の指揮をとり、古代記録を調べ、アトランティス人のための記録庫と同時に、秘伝の宮である大ピラミッドの建造にも関わった。

・その実体は記録の宮の建造法を整えるにあたって神官ラータを助けた。
それは、半人半獣の像を造った古代人の気持ちに思いを寄せる人々にとっての最大の謎、あの「驚異」の、すぐ向こうに眠っている。

・それ以前、その実体は国が崩壊する時代、神の掟の子らが建設的活動をした時のアトランティスにいた。
我々はその実体が、国の崩壊から記録を守る方法を考え出すのに指導力を持っていたことがわかる。
この実体がこれら個人の活動の記録が保管された3つの方法のいずれかを求めるのは良いことである。
1つはかつて沈み今再び隆起せんとしているアトランティスにある。
今1つはエジプトのスフィンクスから記録の宮へと続く記録所にある。
もう1つはアーリア人の、あるいはユカタンの地にあり、そこにある神殿が影を落とす場所にある。

・それ以前、その実体はベリアルの子らが使った破壊力によって脱出しなければならなくなった時代のアトランティスにいた。
神の掟の巫女であり、長老たちが記録を保存するためにエジプト入りした際の1人であった。
神官が戻った後の再建期には、1部は古代エジプトの古文体で、1部はアトランティスの新字体で記録をまとめる作業に加わった。
今後2、3年以内に、記録の宮が開かれる時に、それは発見されるかもしれない。
(1941年7月)

・神の掟の教師たち、指導者たちを通して、アトランティス、ポセイディアの崩壊が迫っていることが知らされた時代のアトランティスで、その実体は神官ラータが呼び戻された後の時代のエジプトに、ピレネー、ポルトガルを経てやってきた。
知識の集大成が試みられたときに、まだ発見されずにいるその記録を定め、スフィンクスと記録のピラミッドの間の通路にある部屋から発見されることになるはずの資料の保管にあたった最初の1人である。


(アトランティス より)
20:27  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~大ピラミッド建造期・テクノロジー他~

・アトランティスで、その実体は、真理保存のために、各国に神の掟の子らが分かれる必要があるというメッセージを受け、アトランティス崩壊直前に、エジプトやピレネー、ユカタンやオグに向かった調査団の指揮者の一人だった。

 後にエジプトの神官が復帰した際には、アトランティス人、エジプト人、インド人、中国人、モンゴル人、アー リア人の教えを統合した人々に加わった。

・問 「大ピラミッド建設についての実際の開始と終了の年代を述べて下さい。
ケイシー 「建設には100年を費やした。
       ヘルメスとラータによりアラーラートの治世期に始められ終了したのである。」
問 「その時代は紀元前何年でしょうか。」
ケイシー 「平和の君がエジプト入りする10,490年から10,390年前の間である。」

・最後の崩壊前のアトランティスで、神官ラータが神の掟の知識を得るためにポセイディアに来たとき、
その実体は神官と一緒に帰国し、エジプトの政治に参与した。
彼はエジプトを故郷にした。
アトランティスでは反乱が続き、多くの者がエジプトへの脱出を計った。
その実体は、化学、建築、経済、商業、労務、広い意味での芸術、音楽、金属貴石の細工などでエジプト人を助けた。
またアトランティスからエジプトへ運ばれた記録を管理した。

・国の崩壊を迎えた時代のアトランティスで、その実体は、ピレネー山脈を経てエジプトに来た人々の一人で、記録の保管に携わった。
今でいう自然界の源、電気的力を、船や車の駆動や通信に使っていた。

・最後の崩壊前のポセイディアで、その人は多くの国々との通信活動を制御していた。
空中と水中を動く飛行艇は、その実体が、初めはイベリア地方に、次には記録を保管すべきと判断したエジプトへと、多くの人を運搬するのに使ったものである。
エジプトでは紛争を目にしたが、神官の帰還に伴い、ついには、その地で「物」たちの体を作り直す人々を育成する運動に加わった。
ここでも通信に従事した。

(アトランティス より)
20:02  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top
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