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2010'07.31 (Sat)

Xorazm lazgisi  / Sarvinoz Quryozova






ウズベク地方の音楽

前に、ひろみさんから教えてもらったホラズム(コラズム・Xorazm)文化。

ホラズムは「太陽の国」と言う意味。

lazgisi(ラズギ)とは「ホラズムの太陽」と言う意味をもつ音楽です。

火の国、暑い国の音楽。

踊りに魅了されました。

どこか南国風の音楽と通じる心地よさがあって、好きです。
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07:31  |  音楽  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.31 (Sat)

賢者のプロペラ 3 (Live) / 平沢進




疾走感のある別アレンジのライブバージョン。


生歌うますぎです。

荒ぶるギター演奏も、エネルギーの使い方が素晴しい。



2001年に「インタラクティブ・ライブ・ショウ 2000 賢者のプロペラ」が、(財)デジタルコンテンツ協会と経済産業省の共催する「デジタルコンテンツグランプリ2001」において、経済産業大臣賞及びエンターテイメント部門最優秀賞を受賞している。

2001年7月、「Hirasawa Energy Works」と名付けられたプロジェクトがスタート。
これは必要な電気エネルギーの全てを太陽発電に委ねて音楽製作を試みるプロジェクトであった。

その後太陽発電及び、このプロジェクトに賛同するファンの協力による自然からの蓄電(エナジーハンティング)のみを利用したライブ「SOLAR LIVE」を敢行する。

2003年、イラク戦争に際して、これに対する抗議の意思を表すべく「殺戮への抗議配信」と題し、自らの楽曲「高貴な城」「Love Song」の無料配信を行った。
これは2010年4月現在でも公式サイト内から無料でダウンロードが可能である。

平沢進さんのtwitter
06:42  |  音楽  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.31 (Sat)

賢者のプロペラ / 平沢進





この映像で蓮の花が開いたとき、涙がでそうになりました。


この方を紹介しないわけにはいかない。

作詞、作曲、映像作りすべて自ら制作されている平沢さん。

平沢さんはJASRACのやり方と真っ向から対峙し、独立した音楽活動をされている。

すごく壮大で繊細で力強い音楽です。

言語感覚も独特で素晴らしいです。

平沢進さんのサイト
06:26  |  音楽  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.29 (Thu)

私が描く理想の世界

私は本当は、生活のための労働時間は本来必要最低限でいいと思っていますので、それ以外は人生を謳歌する、自分のしたい活動に当てられればいいと思っています。

みなさんがそれぞれ本当に好きなことをされるのが本来のあり方だと思うのですが、これはちょっとむずかしいテーマですね。


ここですこし私の理想の世界を描かせてください。


とりあえず生活のための労働時間が基本的に一日3時間で十分世界のみんなが生活できるとしたら、どうでしょうか。

それ以外は本当に好きなことができる。他者に迷惑をかけること以外は自由です。

ある人は絵を描き、ある人は何か創造的なことして、ある人は料理を作り、ある人は旅をする。

スポーツをし、発明や研究をする。

ある人は音楽を創造し、歌を歌う。

ある人はデートをするかもしれないし、子供と遊ぶ。


物語を構想し、映画を撮影する。

もちろん寝てすごしたってそれもかまわない。

そして、季節ごとのお祭りと、みなさんの創造した作品を鑑賞するフェスティバルが開催されるのです。

みんなの創造したものを、お互いに鑑賞し合って、楽しむんです。

もちろん、順位は決めませんが、その中で人気があるものには、自然と人々が集まるでしょうし、次の作品も期待されるでしょう。

もしくはスポーツなどの祭典もします。これは現在のオリンピックと同じようなものですが、決して順位を競うためのものではなく、あくまで全力で体をつかって楽しむためのものです。


これは私の想い描いているひとつの理想の文明世界です。

この理想世界を創造するには、さまざまな問題を解決する必要があります。

エネルギー問題、食糧問題、治安問題、環境問題、教育問題、治療施設問題etc。。。

そしてやはりもっとも重要な、人の愛情と思いやりの意識の問題。

愛情と思いやりの意識がなくては、せっかくのエネルギーも建設的に使うことはできません。


意識さえ変えることができれば、私が思い描くような世界は必ず実現できると信じています。


孫の世代ぐらいには、実現できるでしょうかね。

とても楽しみです。
20:30  |  想うこと  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

イシス神殿とピラミッドとスフィンクス

ケイシーのリーディングでは、スフィンクスが紀元前10,000年を超える、かなり昔に建造されたと指摘している。

またスフィンクス近くにはまだ開かれていない記録室があるとも語っている。

X嬢はセリム・ハッサン博士著「ギザにおける発掘、スフィンクス」第8巻から次のような記述を発見した。


この石柱はイシス神殿(大ピラミッド付近にある)がクフによって発見され彼によって再建されたこと、また落雷で壊れたスフィンクスが修理されたと記している。
これが本当であれば、イシス神殿とスフィンクスの両方の年代がクフ王(第4王朝、紀元前2900年)以前ということになる。
この石柱は「ピラミッドの女王イシス」に奉納されたもので、この地域ではクフ王がピラミッドの建造者であったと考えられているため、今の説では説明が困難である。
この石柱を捏造と考える者もいるが、スフィンクスに今でも見られる破損個所の数値は、そこに述べられている修復の数値に一致する。
また、イシス神殿とスフィンクスとの関係で述べられているオシリス神殿の配置は正確で、オシリス神殿は述べられた通りの場所に発見された。


X嬢はスフィンクスを調べて、両前足の内部の輪郭が巨大な石灰岩の切石で固められているのを発見した。

これは外側のレンガ細工の覆いが不完全になっている所から見ることができる。

右後足も同じ石灰岩の巨石で完全に仕上がっている。

その場所から砂をどける際にハッサン博士と仕事を共にした、ミセス・メギドによれば、胴体の後方、尾が始まる所に、石灰岩の巨石があったという。

これらは調査されなかったが、やはりレンガで覆われていた。

X嬢は報告をこう締めくくっている。


その証拠は僅かで、決定的なものではないが、有望である。
目に見える証拠だけがより徹底した調査の基盤となる。
それについて知られている記録がないからである。
セリム・ハッサン博士はスフィンクスから砂をどけて壊れた部分を修復したが石はどけていない。
スフィンクスについての現代の情報はほとんどない。
誰がそれを建て、何故大半が推測のままなのか、そうした情報は、普通、神殿の下に埋もれているので、何かそのようなものがスフィンクスの両前足を成す石灰岩の巨石の下に発見されるかもしれない。



X嬢はエジプトに初めて旅してから、カリフォルニアに戻り、初期エジプト史の課程をさらに修めている。
彼女はさらに考古学的調査を行うためにエジプトに戻ったが、中東情勢が不安定な今、その仕事は中断したままである。
(1968年当時)



(アトランティス より)

21:12  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~当時の人の容姿と「イシイ」という名前~

紀元前10,500年頃の一部のエジプト人の外観を多くのケイシーによるライフ・リーディングが述べている。

多くは青か灰色の瞳と金髪で特徴づけられている。

大半のエジプト人は、肌が黒く、黒い瞳と黒髪と考えられている。

X嬢(匿名)はギザの大ピラミッドとスフィンクスとの間にある墓に、黄色の髪の女性を描く壁画が残されていると語っている。

この髪の色が多くの考古学者を悩ませてきた。

カイロ博物館にはコーカサス系の特徴を持つ4つの頭もある。

この初期エジプト時代に言及する一連のライフ・リーディングは神官の着衣についてこう述べている。

・神官たちの衣(ローブ)は頭の後にフードを付けた灰青色のもので、ウエストのあたりには紫色のふさのついた金色の帯があった。

カイロ博物館でX嬢は、「風変わりな衣装」と説明の付いた服を着る、小さな木像と大きな石灰岩像とを見つけた。

その服は、古王朝時代にエジプト人が普通着ていたキルトではなく、衣(ローブ)であった。

X嬢はライフ・リーディングから人の名前を写し取った。

この中にはスフィンクス近くの墓に埋葬されたとされる「アル・カル」、リーディングによれば内宮の多くに発見される「イシイ」という人名、またリーディングで大ピラミッドの建造者とされるヘルメスの名がある。

彼女は、ポーター&モス共著の「年代記Ⅲ:メンフィス」に、大ピラミッドとスフィンクスの間にある東共同墓地7101号がカルという人の墓であると記載されているのを発見した。

アビドス在住の英国のエジプト学者、ミセス・メギドによれば、イシイという名が内宮の多くの場所に刻まれている。

ハワード・バイス著「ギザの大ピラミッド」第2巻、アラブ史家アル・マキール(西暦672年)の章には、
「ヘルメスがピラミッドを建てた」という記述がある。
ヘルメスを大ピラミッドの建設者とする史家は他にもいる。

イブン・バトータ「大ピラミッドの建築者ヘルメスは、洪水の際に科学を保存するために・・・・・・。」
ワトワティ「ヘルメスがピラミッドを建てた。」
マクリミ「ヘルメスとその妻が2つのピラミッドの中で統治した。」



(アトランティス より)
20:54  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~保管庫の記録に記されていること~

・その実体、ヘプトサフトが、当時、各々の場所に収められた記録と建物の保管を指示した。
すでに述べた通り、平和の君がその地に入る10,500年前のことで、この献身式でヘプトサフト自らが定めた行為を通して、秘伝者となるために学ぶものである。

問 「封じられた部屋に何が収められているのかを、詳述してください。」

ケイシー「霊魂が地上で形をとり、受肉し始めた時代の始まりから、受肉を通しての人類の発達、最初の破壊とその地に起きた変動の記録、人々の生活と他国でのさまざまな活動、アトランティス破滅に際してすべての国々が召集された会議の記録、誰に、何に、どこにその記録が開かれるのかを記す記録であり、沈没したアトランティスからの写しである。
地球の変動に伴い、アトランティスは再度浮上してくるに相違ない。
位置についていえば、太陽が水平線から上昇し、その光線がスフィンクスの両手の間に落ちる所に横たわっている。
スフィンクスは、後に番人、守護者として据えられたものであり、この人間経験の天体に変動が活発化してくる時代が満ちるまでは、その右手から入れる連絡路からここに入ることはできないだろう。
そのように、これは今もスフィンクスとナイル川との間に眠っている。
(※ナイル川は今はスフィンクスからかなり隔たっているが、記録のピラミッドが建造された頃には、古地図が示しているようにずっと近くにあった。)


・その人は、今エジプトとして知られている地にいた、特にアトランティスの影響を受けたアビシニア人の1人だった。
その人は、アトランティスから来た人々に加わり、後に巫女となった。
その地の山のいくつか、特に上ナイルにおいて、そこでの墓に通じる入り口付近に、彼女の像が発見されよう。
当時の名をエイ・エルレインと呼び、次のようなヒエログリフが発見されよう。
イベクスという名の鳥、角のある人間、逆のイベクス、イピスの聖牛、頭巾をかぶるエチオピアの男、十字、上向きの蛇、シンボルのある杖。
これは今生でのシンボルにすべきであるが。
Bを互いにくっつけ合い、蛇の頭を上にもってきたものである。


(アトランティス より)
20:35  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~アトランティスの記録の保管庫が眠る地~

・その実体はアトランティス人の発展の記録と契約を保管するために、エジプトに入ったアトランティス人の一人であり、神官の召還に伴って、一神を奉じる礼拝への奉仕と活動が統一されたときに力を握った。

・その人は紀元前10,500年に生きていた。
当時のその実体の生涯の活動が今も記録のホールに保管されている。

・エジプトで、特にアトランティス人たちが、記録を保管した建造物を多くデザインした。

・アトランティスとエジプトで、その実体は記録を保存するためにエジプトに来た人々の一人で、
発掘の指揮をとり、古代記録を調べ、アトランティス人のための記録庫と同時に、秘伝の宮である大ピラミッドの建造にも関わった。

・その実体は記録の宮の建造法を整えるにあたって神官ラータを助けた。
それは、半人半獣の像を造った古代人の気持ちに思いを寄せる人々にとっての最大の謎、あの「驚異」の、すぐ向こうに眠っている。

・それ以前、その実体は国が崩壊する時代、神の掟の子らが建設的活動をした時のアトランティスにいた。
我々はその実体が、国の崩壊から記録を守る方法を考え出すのに指導力を持っていたことがわかる。
この実体がこれら個人の活動の記録が保管された3つの方法のいずれかを求めるのは良いことである。
1つはかつて沈み今再び隆起せんとしているアトランティスにある。
今1つはエジプトのスフィンクスから記録の宮へと続く記録所にある。
もう1つはアーリア人の、あるいはユカタンの地にあり、そこにある神殿が影を落とす場所にある。

・それ以前、その実体はベリアルの子らが使った破壊力によって脱出しなければならなくなった時代のアトランティスにいた。
神の掟の巫女であり、長老たちが記録を保存するためにエジプト入りした際の1人であった。
神官が戻った後の再建期には、1部は古代エジプトの古文体で、1部はアトランティスの新字体で記録をまとめる作業に加わった。
今後2、3年以内に、記録の宮が開かれる時に、それは発見されるかもしれない。
(1941年7月)

・神の掟の教師たち、指導者たちを通して、アトランティス、ポセイディアの崩壊が迫っていることが知らされた時代のアトランティスで、その実体は神官ラータが呼び戻された後の時代のエジプトに、ピレネー、ポルトガルを経てやってきた。
知識の集大成が試みられたときに、まだ発見されずにいるその記録を定め、スフィンクスと記録のピラミッドの間の通路にある部屋から発見されることになるはずの資料の保管にあたった最初の1人である。


(アトランティス より)
20:27  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.28 (Wed)

アトランティス・リーディング ~大ピラミッド建造期・テクノロジー他~

・アトランティスで、その実体は、真理保存のために、各国に神の掟の子らが分かれる必要があるというメッセージを受け、アトランティス崩壊直前に、エジプトやピレネー、ユカタンやオグに向かった調査団の指揮者の一人だった。

 後にエジプトの神官が復帰した際には、アトランティス人、エジプト人、インド人、中国人、モンゴル人、アー リア人の教えを統合した人々に加わった。

・問 「大ピラミッド建設についての実際の開始と終了の年代を述べて下さい。
ケイシー 「建設には100年を費やした。
       ヘルメスとラータによりアラーラートの治世期に始められ終了したのである。」
問 「その時代は紀元前何年でしょうか。」
ケイシー 「平和の君がエジプト入りする10,490年から10,390年前の間である。」

・最後の崩壊前のアトランティスで、神官ラータが神の掟の知識を得るためにポセイディアに来たとき、
その実体は神官と一緒に帰国し、エジプトの政治に参与した。
彼はエジプトを故郷にした。
アトランティスでは反乱が続き、多くの者がエジプトへの脱出を計った。
その実体は、化学、建築、経済、商業、労務、広い意味での芸術、音楽、金属貴石の細工などでエジプト人を助けた。
またアトランティスからエジプトへ運ばれた記録を管理した。

・国の崩壊を迎えた時代のアトランティスで、その実体は、ピレネー山脈を経てエジプトに来た人々の一人で、記録の保管に携わった。
今でいう自然界の源、電気的力を、船や車の駆動や通信に使っていた。

・最後の崩壊前のポセイディアで、その人は多くの国々との通信活動を制御していた。
空中と水中を動く飛行艇は、その実体が、初めはイベリア地方に、次には記録を保管すべきと判断したエジプトへと、多くの人を運搬するのに使ったものである。
エジプトでは紛争を目にしたが、神官の帰還に伴い、ついには、その地で「物」たちの体を作り直す人々を育成する運動に加わった。
ここでも通信に従事した。

(アトランティス より)
20:02  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.27 (Tue)

英雄が故郷に帰るときのように

死に対する恐怖を

けして自分の心に入らせないようにして

生きるべし。

それぞれの宗教のことで

誰とも問題を起こすべからず。

おのおのの人間のものの見方を敬い

相手にも自分のものの見方を敬うように求めよ。

生きることを愛し

おのれの人生を十全なものとなして

与えられるすべてを

ことごとく美しいものとなせ。

できうるかぎり長く生き

一族のために奉仕する道を探し求めよ。

偉大な分水嶺を越えてゆくその日のために

高貴なる死の歌を用意しておけ。

人けのないところで

誰かと出会ったり

すれ違うようなことがあれば

それが友だちであれ、また見ず知らずの他人であれ

常に一声かけるか、声を出さないまでも

仕草で相手に敬意をあらわすべし。

すべての人に敬意を態度で示せ。

だが誰に対しても卑屈な態度をとるべからず。

朝、目を覚まして起き上がったときには

食べるものと生きることの喜びに感謝を捧げよ。

もし感謝を捧げる理由が

おのれのなかに見つけられないときには

その誤ちは

ひたすらになんじがうちにあることをわきまえよ。

誰に対しても

なにに対しても

虐待をしたり、迷惑をかけたり

おぼれたり、価値を卑しめたりしてはならない。

そうした行為は

賢者を愚者にし

ヴィジョンからスピリットを奪いさる。

そしていざ、自分に死ぬときがきたら

死ぬことの恐怖に胸を詰まらせ

涙ながらにもう一度

これまでとは違うようにあと少しだけ

生き長らえさせてくださいなどと

祈ったりするようであってはならない。

おまえは自らの死の歌をうたい

英雄が故郷に帰るがごとく

死地に赴け




(ネイティブ・アメリカンのショウニー国の偉大なチーフだったテクムシェの言葉。
 テクムシェは「天駆けるパンサー」という意味。
 これは彼が1813年にアメリカ陸軍との戦いで命を失う前年、甥のスペニカロウブに
 戦士としての心構えを伝えるために語った遺言である。)


-地球のレッスン より-
06:38  |  北山耕平  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.26 (Mon)

Ave Virgo / Libera




作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト



ただただ、美しい。

心が洗われます。
18:34  |  音楽  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.25 (Sun)

知識だけでは幸せにはなれない

「多くのことを知っていたら幸せだろうと考えて、たくさんの人が知識を得ようとするけど、それはちがうわ。

 ただの情報では幸福にはなれないわ」


「たしかにそうかもしれない・・・何が足りないのかな?」

「知識を実際に応用する力ね。それには現実的な訓練が必要よ。

 知識をためし、失敗し、そしてまたためす。

 その過程で修正もして、そうしてやっと知識をほんとうの意味で使い、自分のものにすることができるようになる。

 それ以外に真実を知る方法なんてないわ。

 地図の上でその場所を知っていても、実際に行ったことがないとしたら・・・」


「そのとおりだね」

・・・・・・

「わたしが言っているのは、本に書かれていないこと。

 顔に受ける風の感じとか、相手の感情や、その人のペースで物事を考えることができるように、十分な時間を与えるということを理解し、尊重するとか、情熱的な人間の体の中で魂に必要なものを調整していくことなどね。

それは簡単ではないの。

でも、だからこそ美しい。人間になるって、すばらしいことよ。」


ぼくははじめて、自分がただの人間だということをこころよく思った。

それでふざけて言った。

「宇宙の華々しい存在であるぼくたちは、あなたをこの世界に歓迎します」

ぼくたちはいっしょに笑った。



(まほう色の瞳 より)
19:36  |  エンリケ・バリオス  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.25 (Sun)

デイドリームはさかさま国

「さかさま国が平和なのは

常に相手の立場で物事を考えることが可能だからサ

この国の政治家のハートはイコール庶民のハートでもあるんだ

相手の立場に立つということは

もう一度自分を見つめ直せるのサ」


(わたせせいぞう / ハートカクテル より)


16:34  |  和の世界  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.24 (Sat)

Book Of Days / Enya






映画「Far And Away」(邦題:遥かなる大地へ) の主題歌だったエンヤの曲。

映画の内容は、青年の男女(トム・クルーズとニコール・キッドマン)が、夢と希望を胸にアイルランドの海辺の村から大西洋を渡り、2人で苦難を乗り越え、新天地のアメリカ大陸へ渡る、というものでした。



学生時代に、放課後1人で単館映画館へ見に行きました。

若き日のトム・クルーズが活き活きと演じていて、

素敵な映画だったと記憶しています。

エンヤを知ったのもその時でした。

幻想的で、大好きな1曲です。
10:39  |  音楽  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.23 (Fri)

内なる戦士を大きく育てる方法

内なる戦士、「インナー・ウォーリアー」と心理学者が名づけたものを、より大きく育てる最も優れた方法はなんだろうか?

それはおそらく自分が望むような勇敢さ、強さ、生き方(死に方)を体現している「役割モデル」を選ぶことである。

戦士的な生き方があたりまえだったネイティブの伝統文化を守る共同体においては、そうしたモデルとなる人はそれこそいくらでもいた。

そういう人たちがどのような存在だったのかは、その名前と共に長く語り継がれてきた。

名前を聞けばその人がどういう戦士だったのか即座に理解できる偉大な戦士が、夜空の星のごとくきらめいていた。

国家の奴隷となってしまって長い年月を経た国においては、戦士として名を残している人は限られてしまう。

今を生きるぼくたちが内なる戦士を育てるためには、どうすればよいのだろうか?


まずは自分からそのモデルとなる人間を見つけなくてはならない。

あなたが称賛する生き方をしている神話や伝説の登場人物、映画や本に描かれたキャラクター、

自分がそういう生き方をしたいと願うような特定の「戦士」を選び出すこと。

その人と直接会えるのなら会いに行くか、会えない過去の人の場合は、その人に関するありとあらゆる情報、伝記を読み、言い伝えを調べ、その人に直接出会ったことのある人の話を聞きに出かけたりして、とにかくさまざまなあなたにとって価値ある情報を丁寧に集め、そのなかに浸ること。

そのうえで毎日のように黙想してそのなかでその人物と出会い、自分がなぜその人に惹きつけられるのか、そのエネルギーの質を検証する。

そのようにして自分の内側にそれと同じ可能性が息づいていることを確認していく。

自分がそうしたエネルギーを扱えるだけの器であるかどうかを確かめつつ、自らの内側でくすぶっている勇気の炎をより大きく燃やし続けるようにしていく。

これは、もちろんそう簡単なことではない。

役割モデルとなる人物のすぐそばにいて、その人の一挙手一投足を目を皿のようにして見ることができれば、事情はだいぶ違うのだろうが。

しかし、ぼくはそれでもこの方法は有効性を持っていると信じる。



(地球のレッスン)
19:45  |  北山耕平  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.23 (Fri)

内なる戦士の目覚め

戦士というのは、「兵隊」とは180度異なる。

兵隊は上官に命令されるまま動く(命令がなければ動けない)が、戦士は男であれ女であれ、自らの意志で、自らの信ずるもののために自発的に行動する。

彼あるいは彼女は、どのような挑戦も障害も乗り越えて目的を貫く。

戦士は彼もしくは彼女が信じていることのために耐える強さをもつ。

信じるものを守るために正直に話し行動する。

あまりにも弱くて自分では戦えないものを守るために立ちあがる。

内なる戦士がまだじゅうぶん開発されていないときから、たとえなにかを守らなければという熱い思いはいまだ感じられなくても、自分のなかのその部分にうすうす気がつきはじめ、戦士の自分を呼び覚ましたいと思いはじめる人もいる。

ある特定の関係のなかで、または特別な状況下において、自分のなにかを守るために立ちあがらなくてはならないときがくるかもしれない。

あるいは、夢を実現させようと思いたつとか。

それを形あるものにするためには、勇気とか、それを成し遂げるためのエネルギーといった戦士の持つ力が必要になるときがくるだろう。

あるいは自分のなかに巣食っている恐れだとか不安だとか無力感に気がついて、内側で眠りこけている盟友としての戦士を奮い立たせることは、あなたが人生を変えるために必要としていたものである可能性もある。

すでにうすうす気がつかれているかもしれないが、「内側で眠りこけている盟友としての戦士」とは、心理学的な用語などではなく、われわれが日本人化していく過程のなかで眠り込ませざるをえなかった内なる「ネイティブ・ジャパニーズ」の部分でもあると、ぼくは信じる。

個人的にはどうあれ、日本人論的に言うならば、われわれは便利なものの世界に屈服して弥生的な生き方を受け入れた(国家の奴隷となった)ときから、地球に生きる人としての「戦士」である部分を封印し、深いまどろみのなか、それを奮い立たせることなく数千年が過ぎようとしているのではないか。


(地球のレッスン)
19:28  |  北山耕平  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.22 (Thu)

自己中心から肯定的な自己へ その2

1. 見方を変える

とは、たとえば、人は自分を中心にしたときは山もビルも大きく見えますが、宇宙からの視点なら地球でさえ小さな点となります。

また、ボールペンなどは横から見た人は「長いもの」に見えましょうが、上から見た人は「丸いもの」、下から見た人は「点に丸」。

このように、それぞれの見る位置で見え方が変わってきます。

ですから、個々の見方にとらわれずに、究極の目的は何かを考え、そこに自分をどう近づけていくかを模索していくことがたいせつです。

そうすると何事にも大らかに対処できるようになっていきます。

また、そこから他を活かすことが、自分をも活かすことなのだとわかってきます。

いいかえれば、雨は降ってくるときは個(雨粒)であっても、集まり流れていって川・海(全体)となります。

そのように部分にこだわるのではなく、全体への視野をもったときに最も成功へ近づくことになります。


2. 空になる

とは、簡単には最も波動を感じやすい無意識状態になるともいえます。

仏教でいう空・・・雑念を払って無の境地に達する・・・も同じことですが、これでは漠然としてむずかしすぎるため、私は次のようにいいかえてもいます。

「今の生活、仕事などのなかで、頭の中をゼロ状態にすること」。

ゼロとはよけいな力を最も使わない、自然で自由な状態です。

そして、この状態にあるとき、宇宙エネルギーが身体に流れ込んでくるのです。

自分のマイナス部分をゼロに近づけていく、なくしていくことです。

「空への道」には、4つの方法、そして4つの道があります。

合計8つの方法と道のなかから私が学び得たものを伝えています。

その方法・道において、個々の人にとって、そのとき最も必要とされる指標・指針がアカシックレコードより伝わります。


3. 実際に行動する

とは、人はみな、癖・習慣(カルマ)をもっています。

人によっては一生かけても取ることができないかもしれないような大きなカルマかもしれません。

そしてそれらの修正という「”自分”大革命」を行う際、宇宙意識から波動で伝わるその時点で一番必要な指標・指針を知り、それに沿って実際に行動する方法・道があります。

その指標・指針は、自分の生活、仕事、社会のなかで「気づき」を与えてくれるものです。

それがどういう気づきであるかは本人でなければわからないことであり、また、本人の必要で気づくことなのです。


(自分大革命より)
19:12  |  黒沢吾耶  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.22 (Thu)

自己中心から肯定的な自己へ その1

人間の「意識」は、表に現われない潜在意識が大部分で、顕在意識はごく一部にすぎません。

私たちは自分の「心」を通して、その潜在意識を深く追求していくことができます。

では、肉体は単なる容器かというと、そうではなく、肉体は生命を育む母体ですから、肉体もできうる限りよい状況下におくことがたいせつです。

現代人にはさまざまなストレスがあります。

しかし、ストレスは誰にでもあるもので、あってあたりまえのことと思います。

しかし、それをコントロールできなければ、話は違ってきます。

生活していくうえで、とくに対人関係のさまざまな波動がストレスに関係しています。

人と接することはその人の波動と接していることです。

そこで低い波動の積み重ねが蓄積されると、思わぬ大病の原因につながることがあります。

「いつも時間に追われている、のんびりできない、怒りやすい、イライラし不平不満が生じやすい・・・」

こうした状態、つまりストレスに対するコントロールが失われると波動が粗くなっていきます。

まるで有毒ガスのように、粗い波動は有毒素として影響を及ぼしていき、体内で不調和を起こし、

自然の波動と人間の波動の不調和を生み、健康や精神、ときには運命にも影響をもたらすことにもなります。

過去の地球の地軸の変換には、この人の及ぼすストレスも原因となっていたようです。

一方、こうしたストレスをコントロールし、プラスに転化していくなら、すべてが良くなっていきます。

ここに、地球の活性化および人生の成功や幸福をもたらす秘訣があります。

そのためにも大自然(自然の法則)から他を活かすことを学び、宇宙真理によって意識を高め、

低い波動を上げていくことが重要となります。

具体的にはまず、怒りや憎しみ、嫉妬、不平不満など自己中心的なものを1つ1つ解消していきます。

そしてすべてにおいて肯定的になる(大欲)・・・これは思いやりをもち、人に奉仕できることや何事にも感謝できること、また勤勉や親切、素直、明朗などにもかかわります・・・ことがステップとなります。

このステップは、

第一に「見方を変える」
第二に「空になる」
第三に「実際に行動する」


と3つにまとめられます。

(つづく)
18:57  |  黒沢吾耶  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.22 (Thu)

航空機のブラックボックス発明者

航空機事故の調査に使われるフライトデータレコーダー(いわゆる「ブラックボックス」)を発明したオーストラリアの科学者デビッド・ウォーレン博士が7月19日、85歳で亡くなった。

 同氏はオーストラリア国防科学技術機構の航空研究所に勤務し、1956年に初のフライトデータレコーダーの試作機を設計した。

この装置は後にブラックボックスと呼ばれるようになった。

ブラックボックスの価値や実用性が現実のものとなったのはその5年後で、オーストラリアで航空機への搭載が義務づけられるようになったのはさらに5年後のことだった。

 同氏は9歳のときに父親を航空機事故で亡くしている。

父親から最後にもらったプレゼントは鉱石ラジオセットで、それが電子工学に関心を持つきっかけになったという。

 現在フライトデータレコーダーは世界中の旅客機に採用されており、「ウォーレン博士のフライトデータレコーダーは世界の航空安全に計り知れない貢献をした」とオーストラリア国防省は述べている。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100722-00000007-zdn_n-sci

ご冥福をお祈りいたします。
18:00  |  科学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.21 (Wed)

熱波の北半球、寒波の南半球

【7月21日 AFP】

真冬の南米は強い寒波に見舞われており、合計で数十人の死者が出ている。

 アルゼンチンでは、寒帯気団によって同国中央部の気温がマイナス14度まで低下し、33人の死者が出ている。

死者の多くは首都ブエノスアイレス(Buenos Aires)のホームレスだった。

 パラグアイでは、同国保健省によると、9人が低体温症で死亡。さらに3人が石炭ストーブから発生した有毒ガスを吸って死亡した。

同国の農業関係機関によると、北部地域を中心に1000頭の牛が寒さのために死亡したと見られている。

気象当局は、寒波と雨は今週いっぱい続くとの見通しを示している。

 通常なら気温20度以下に下がることのないボリビアの熱帯地域でも0度ちかくまで下がり、少なくとも4人が寒さのために死亡したという。

 チリでは死者は出ていないもようだが、普段は温暖な地域を含めた一部地域では大雪になっているという。

(c)AFP




(以下、南半球のWikiより)

南半球は北半球と比べ海洋の占める面積比率が大きく、南半球の81%を海洋が占める。

特に南緯50度から60度にかけては99%が海洋である。

この区域には陸地が少なく、遮るもののない洋上に絶えず強風が吹き荒れるため、古くから航海の難所として恐れられている。

そのため、この海域を指して吠える40度・狂う50度・絶叫する60度と呼ぶことがある。

<北半球との違い>

夏と冬が逆転する。(例えば北半球が夏のとき、南半球は冬である。)

太陽が東から出て「北」を経由して西に沈む。

や水の渦巻きが逆回転になる(ただし、熱帯低気圧レベルの地球規模での現象で、浴槽や洗面台の水流の渦は無関係である。詳細はコリオリの力現象を参照)。

気候区分における亜寒帯がない。北半球で亜寒帯に相当する緯度に陸地が存在しないからである。
そのため温帯から海を越えてすぐに寒帯となる。
22:13  |  ニュース  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.21 (Wed)

無限の可能性を孕んでいる人という存在

赤ちゃんの脳は、その材料であるニューロンを生まれたときから全部もっています。

約140億個(大脳皮質中)あるニューロンは、これ以後増えることがなく、破壊されてもそれきりなのです。

逆にいうと、ニューロンの数だけ揃っていても通常の形には働きません。

ニューロンどうしがつながり合い、絡み合って、それを土台にして働き出すのです。

また、学習など意識的なものもかかわらないわけではありませんが、ニューロンどうしの絡み合いは、ほとんど偶然に近い形でつくられていき、それを中心にして自己組織化されていきます。

したがって、プログラムの誤論理が1つでもあってはならない今のデジタル・コンピューターとはまるで正反対に、脳では、シナプスでのアナログ信号が内包され、「でたらめ」あるいは「いいかげん」にみえるようなプロセスが、実は重要な役割を果たしています。

幅の広さ、度量の大きさ、発展していく余地・・・、いわゆる冗長性とか曖昧さを巧みに組み込んでいる偉大な人間の脳を、現在のコンピューター技術で再現しようとするなら東京都庁ビル大になってもまだ足りないでしょう。

こうしたことはまた、私たち人間のポテンシャリティーを証明するものでもあります。

普通、人間は140億個のニューロンのうち、4億2千万ぐらいしか使っていないからです。

人間にはまだまだ自らの内に未発見の能力がたくさんあります。

ですから「意識を高めることで未開発の分野のことをも知ることができ、誰もが無限の叡智に近づくことができる可能性をもっている」のです。
18:24  |  黒沢吾耶  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.21 (Wed)

脳のニューロン(神経細胞)とシナプス(継ぎ目)の役目

新しい形のニューロン説、つまり、「脳は神経細胞(ニューロン)を構成要素としてできており、その働きはニューロンとニューロンの継ぎ目(シナプス)を介して他のニューロンなどから情報を受け、これにある操作を加えて、その結果を別のニューロンへと伝えていく」ことが確かなものとなってきました。

すなわち、今日のコンピューターでいえば、その構成要素でもあるLSIや超LSIにニューロンは対応しているのです。

さらに、シナプスを介して入力されたほかのニューロンなどの信号は、シナプス電位という信号に変換されますが、この電位は段階的に大きさの変わるアナログ信号であるものの、出力信号は1か0のデジタル信号なのです。

多くのシナプスの活動により発生したシナプス電位は、加算し合って大きくなります。

ニューロンには「興奮性シナプス」と、「抑制性シナプス」があり、それぞれのシナプス電位の方向は逆で互いに相殺し合います。

そうしてシナプス電位がある値(閾値・いきち)を超えると、ニューロンには「活動電位」という1か0のデジタル信号が発生するわけです。

別な形でいえば、記憶などが脳の一部位に蓄えられるのではないのは、それぞれ個々にニューロンに保存されるからであり、記憶はそうした「全体の脳」から、必要なときその「シナジー」によって取り出されることになります。

これもコンピューターと同じといえましょう。

ここでいう「シナジー」は、励起を意味するとともに、全体的効果に寄与する共同・協力・相互の作用(たとえば1+1→3のようになる作用)として使っています。

これは人間の脳の特性やポテンシャルからですが、それは地球(ガイア)の構成要素である1つ1つの生命体が、

すでにそれぞれ高度に集積された生命現象のシナジーであることも説明できます。



(自分大革命より)
06:49  |  黒沢吾耶  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.19 (Mon)

You were there / Libera



少年達の歌。

まさに、天使の歌声。


NHKの新日曜美術館で、モーツァルト作曲のAve Virgoがかかっていて、
どうしても曲名が知りたくて、NHKに問い合わせて知った。

まさか、こんな子供達が歌っていると思わなくてビックリしたよ。

天界から降りてきたばかりだから、とても歌声が純粋だね~

感動しました。
20:46  |  音楽  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.18 (Sun)

エドガー・ケイシーによるアトランティス情報~創造主の愛を知ったもの


アトランティスは、霊的な真理を物質的利益に使うことによって、国の崩壊を迎えた。

ある人は、物質的なことを助けるのにあらゆる力が使われた太陽宮を運営し、人命を救うために国外脱出を指示するのを助けた。

彼はエジプトに行き、犠牲宮と美宮で、下層者とみなしていた者たちの体でさえも完全にされているのを発見し、

神が一部の人間を偏愛するものではなく、隣人を愛する存在であることを知った。

(エドガー・ケイシーのリーディングより)


(私の感想)

アトランティス文明は、「物」や「機械」と呼ばれた人々がいたということから、どうも奴隷制度のような人種差別があったらしい。

また崩壊する前のアトランティスでは、神は一部の人間しか愛さない、という選民思想のような考えが蔓延していたようだ。

その流れが現在の選民思想の宗教に残されているのではないだろうか。

しかし、上記のように、真理に目覚めた人も少数だが、いたのだろう。

それらの思想が、すべての生命への広く深い愛の教えとして、現在まで受け継がれているのだろう。

選民思想は利己的で都合のいい幻想だ。

一人ひとりが尊い存在なんだよ。
23:01  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.18 (Sun)

エドガー・ケイシーのアトランティス情報~エジプトへの移民と生活

・アトランティス人は今のスペイン、あるいはピレネー、次にエジプトへと脱出を計った。
その中に、エジプトで、エジプト人とアトランティス人との協調を計り、様々な集団の職業指導を助けた者がいた。

・当時のスペインに元素を熱と力と電力に変えるシンボルの解読者がいた。

・破滅したアトランティスから逃れてきた者たちが集まったエジプトにおいて、処方や看板や絵などを人々のために保存する活動を進めるよう、多くの人を説得した人がいた。
それらはエジプト国民に持ち込まれた最初のものであり、言葉を書き記そうとした最初の試みであった。

・当時のエジプトには、今でいう心理テストの講師もいた。

・当時のエジプトのアトランティス人に、ドレスの着付けと家庭の便利を助けたものもいた。

・当時のエジプトで、アトランティス人の3番目の子供が生まれた。
 多くのエジプト人にとって、またラータの教えに従う多くの者にとって、これは好奇の的となった。
 体形においても皮膚の色においても完全だったからである。

・犠牲宮と美宮を設立し、今日の学校や病院のように心身を清めるための道を提供した。

・神官ラータが帰還し、刑法や道徳的、霊的な法を設けた。

・当時、ペルシアはエジプトの征服者の故郷だった。

・エジプトには、紛争が起き、神官が追放され、アトランティス人が集まってきた時代があった。 

・アトランンティス人は、多くの「物」と呼ばれる人、つまり何ら目的を持たず、様々な活動分野で指導者たちのために働く、機械同然の者たちを連れてきた。(今でいう奴隷か?)
エジプト人をそうした生物たちを同一視されつつあることを国民は知った。
そのため、神官を呼び戻し、霊的な指導者として、政治的、経済的、また国の一般業務における権威者があらゆる分野から選ばれ始めた。

こうして、魂が身心霊の完全な働きを伴って地上に生まれるための、最初の通路となるよう、人々が自分の体を浄化させるための犠牲宮を建てる必要が生じたのである。

このことがアトランティス人の指導者たちの間に大論争と対立を呼んだ。

・当時、神殿奉仕のために、歌や舞踊を作り、リードやリラなどの弦楽器を合わせて、アトランティス人の歌や国の歌、酒宴の歌をまとめ、民が1つになるのに必要な感情を誘った。

・アトランティスでは、ガスや液体空気、爆薬など、建設的にも破壊的にもなるものを使い、エジプトへ行った後もこの研究は続けられた。
これはエジプトに善い結果も悪い結果ももたらした。
王に対立した民の一部がこれを使おうとしたのである。
紛争が起こったが、神官の帰国により、医療や巨石を動かすなど、技術は建設的に利用された。

・アトランティスとゴビの言葉の通訳者がいた。
22:47  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.18 (Sun)

アトランティスとエジプトの関係-2

黄金時代のエジプト・アトランティス文明では、

病院と教育施設の結合された、犠牲宮と美宮と称されるものが建てられ、

今の病院の精神医学的な方法も採用されたという。

そこにおいて人々は精神的にも肉体的にも治療を受けることができた。

低い知的発達にあったり、道徳的判断や自制の欠けている人々以外に、「物」や「機械人間」にふるい分けられていた者たちが、自分を動物界と結びつける肉体上の奇形を持っていたことは明らかである。

尾や羽や蹄まで体に付随していた。

これは美しい生物が創造されていた時代に、利己的な目的から魂が物質に入って以来、持ち越してきたものであった。

これら肉体的、霊的治療施設は成功を収めたようで、そこから全世界に知識や教育が広まった。

示された数少ない年代は、いずれもこれを紀元前11,000年から紀元前10,000年にかけての頃としている。

(エドガー・エバンズ・ケイシー / アトランティス より)
22:14  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.18 (Sun)

アトランティスとエジプトの関係-1

紀元前1万千年~紀元前1万年にかけて、カルパチア山脈からの一族がエジプトを占領した。

統率者はラータという名の神官で、エドガー・ケイシーの前身であった。

エジプトでラータの宗教的教義は多くの信奉者を引き寄せたが、当時、エジプトでは政治的対立が起きていて、

支配階級と国民の間に緊張が張りつめていた。

ラータは政治的動乱に巻き込まれ、国民側の反乱が起きたときに今のアビシニア(エチオピア)に9年間追放されることになった。

混乱の最中でアトランティスからエジプトに移民が入り込んできた。

科学的にエジプト人以上の力を持っていたアトランティス人は、エジプト人を同等とみることをほとんどせず、

かつての生活法をそこで固め始めた。

エジプトの支配階級と国民派のいずれの指導者も、優れた科学知識を持ち、社会的にも宗教的にも異質なアトランティスの侵入者たちが、新たな脅威となることをすぐに悟った。

民がその下で結束し、アトランティス人の力を建設的な方向に向けさせる指導者が必要になってきた。

秩序を回復させるため有力な指導者たちは追放された神官を呼び戻すことに決めた。

混乱を収束できるのは彼しかいないと考えられたからである。

この試みは成功した。

そして、エジプトの支配者と神官、アトランティス人と国民は、人間関係の大きな発展の時代を画することができたのである。

世界のその場所は、知的、精神的、霊的、肉体的発展の時代を享受した。


(エドガー・エバンズ・ケイシー / アトランティス より)
22:07  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.18 (Sun)

エドガー・ケイシーのアトランティス情報メモ

・エドガー・ケイシー → アトランティス崩壊後のエジプトに受肉していた。
 (ラータという名の神官である。)

・偶然に出会う人間はほとんどいない。一方が他方に、他方が一方に何らかの思いを負っている。
 すべてが生の機会。

・アトランティスの終わりの時代、アトランティス人はエジプト~~ピレネー山脈(ポルトガル・スペイン)まで移動した。

・「カレー」という所の白亜質の崖に神殿を建てようとした際つけたしるしが、今も残っている。
 後にエジプトのアレクサントリアとなった場所でBC10,300年に「知識の図書館」ができた。

・アトランティス人はマヤ・ユカタン半島・ペルー・アリゾナ・アメリカにも移住した。
 「空挺」で海をこえていた。
 火葬も始められた。

・メキシコのテオティワカン遺跡→BC12,000~BC10,000

・「イルタ」という人が「アトランの王族」約10人をつれてポセイディアを離れ、西方(今のユカタン半島)にたどりつき、アトランティスと同じやり方で1つの文明を作った。
 後に、この地を離れた者もいた。

・ムー/レムリアでも崩壊が起きていた。
 この人々は変動の際に、かなり発展していた他の様々な場所に教えを植えつけた。

・中米・メキシコの大半は今とほぼ同じ形に変えられた。

・「ムー/オズ/アトランティス」という地があった。
 かの地から来た人々によって、協力したり組み合わせて中南米に文明をつくった。

・BC28,000(アトランティス第2変動期)~BC10,000年(アトランティスの崩壊)

・「インカル族」→ペル地方の「オズ/オグ」(今のカリフォルニア・メキシコ南部・南部ニューメキシコ)にいた「ムーの末裔」。

・エジプト・レムリア・オズ文明には、モーセの活動もみられる。

・宗教儀式。
 円形石群→アトランティス初期の子孫。
 ピラミッドや神殿の扉の前にある祭壇→ずっと後のユダヤ民族。モーセの影響。
 (これらは、ユカタンとメキシコシティ近くの混成文化。)

・「イルタの神殿」→再び浮上するだろう。
 「エジプトの神殿」または「記録のホール」が明かされ、アトランティスの中心に保管されていた記録もそこで発見されるだろう。
(これらはそのグループに関係する人々によって今日まで保管されているものである。)

・エジプト→BC11,000~BC10,000にかけて、カルパチア山脈からの一族がエジプトを占領した。
 統率者は「ラータ」という名の神官で、エドガー・ケイシーの前身である。

・アトランティスに迫り来る破壊とともに、人々が分裂しだした。
 エジプトに行く集団もいて、その中の科学者がナイルの地を豊かにした。


(エドガー・エバンズ・ケイシー著 / アトランティスより)
10:28  |  エドガー・ケイシー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.17 (Sat)

Floria / 遊佐未森




1994年。

Aloha mimorita Live Show より。


活き活きと歌い踊っていて、素敵なパフォーマンス。
18:54  |  音楽  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'07.17 (Sat)

自律神経にやさしい音楽 / 広橋真紀子




アンビエント・ミュージック。

朝食をとりながらetc...。

都会や、森や自然とはなれた環境にいる人へおすすめです。

07:10  |  音楽  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top
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