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2009'06.18 (Thu)

エドガー・ケイシーの福音

「バカバカしいことを見る能力を培いなさい。笑う能力を保持しなさい。なぜなら、疑いが雲のごとく湧き上がり、あらゆる種類の障害が生じようとも、笑うことのできる人とは、神の恵みを受けた人なのです。さよう覚えておきなさい。主はほほえまれた-しばしばお笑いになった・・・」2984-1

「愉快な人間であるように努めなさい・・・。あまり、きまじめ過ぎないように。笑い飛ばしなさい。主もそうなさったのだから・・・」3685-1

「唯一の霊-真理の霊のみがある」262-87

「神はプロテスタントやユダヤ教の神であると同時にカトリックの神ではないのか?神はこれらすべてを造られたのではないか?神はすべてを等しく慈しまれるお方ではないのか?神はえこひいきなさらないことを知らないのか?」2783-1

「人が宗教遍歴をする中で出会うあらゆる偉大な人物も、それがアブラハムやモーゼであろうと、あるいは仏陀や孔子、モハメッドであろうと、神のひとり子をよりよく知るための踏み石に過ぎない。そしてあのキリストにおいて父なる神の最高の主唱者を見出すのだ」262-14

「地上に現れた者の中でイエスが最も偉大な人生と愛の哲学者であった。イエスの中に我々は解答を見い出す」900-17

「この世の始まりから光であったかの光が、ナザレのイエスとして知られる実体の中に結晶化している。かのお方が今日も汝の横をお通りになる。汝らがこのお方に依りすがらぬかぎり、汝らはつまずく」5265-1

「十字架は地上において目覚めの段階に達した人類に対して、神がなされた歩み寄りの頂点である」3054-4

「キリストの復活によって、人は神が人類に与え給うた力に気づき、病人のあらゆる原子すらも蘇らせ、罪に病む魂のあらゆる原子すらも復活させる力に気づくようになったのだから・・・」1158-5

「エリヤやヨハネにおいてすら、我々はつまずきと疑心を見い出すが、イエスにはいささかのつまづきも、いささかの疑心も、いささかの怠慢も見い出せない」3545-1

「イエス以外の人々は、道のわきの光に過ぎない。真理はイエス・キリストのみに存するのだ」3004-1

「神は、その御顔を求める者にいずこにてもお会い下さる。御子の霊によって祝福された経路を通して。その経路がどのような姿、形を取るにせよ、どのような世界においてもこれは成される」364-9

「より大きな光明に向かう道を守る者は信仰深き者である」340-15

「人間とは、創造的諸力の随伴者となれるように造られた者」1456-1

「各々の人間の目標は。創造的諸力とひとつになりながらも、その中で自己の独自性に目覚めた存在になることである」261-15
「というのも、実体、魂が創造の諸力、すなわち神の随伴者としてふさわしい者となることにあるからだ。それゆえ、そのような経験がかえって自己に耽溺させたり増上慢をもたらすようなことになれば、その魂はその経験において偽りの神を作ったことになる」1219-1

「瞑想によって、主を見い出し得る間に主を求めよ。主を遠ざけてはならない。ただ世の救い主、主キリストの御名において求めよ!」1089-2
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