スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  ↑Top

2010'06.23 (Wed)

男鹿と恩荷(おんが)

男鹿の地名は、日本書紀によると安倍比羅夫(あべのひらふ)の蝦夷(えみし)征伐(658年)のとき、齶田(あぎた)の酋長恩荷(おんが)がおり、この恩荷が転じたものといわれています。本地域は源頼朝の奥州征伐後、小鹿嶋(おがしま)と称し、橘氏の支配に入り、その後、津軽に本拠を持つ安東氏の影響下にあったものと思われ、慶長7年(1602年)の安東実季(あんどうさねすえ)の常陸国への転封により佐竹藩政下となり明治維新まで続きました。

http://www2.city.oga.akita.jp/contents/c.html?seq=131
スポンサーサイト
12:59  |  歴史・考古学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲TOP

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://ernest.blog49.fc2.com/tb.php/223-553ffc81

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲TOP

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。