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2010'07.23 (Fri)

内なる戦士の目覚め

戦士というのは、「兵隊」とは180度異なる。

兵隊は上官に命令されるまま動く(命令がなければ動けない)が、戦士は男であれ女であれ、自らの意志で、自らの信ずるもののために自発的に行動する。

彼あるいは彼女は、どのような挑戦も障害も乗り越えて目的を貫く。

戦士は彼もしくは彼女が信じていることのために耐える強さをもつ。

信じるものを守るために正直に話し行動する。

あまりにも弱くて自分では戦えないものを守るために立ちあがる。

内なる戦士がまだじゅうぶん開発されていないときから、たとえなにかを守らなければという熱い思いはいまだ感じられなくても、自分のなかのその部分にうすうす気がつきはじめ、戦士の自分を呼び覚ましたいと思いはじめる人もいる。

ある特定の関係のなかで、または特別な状況下において、自分のなにかを守るために立ちあがらなくてはならないときがくるかもしれない。

あるいは、夢を実現させようと思いたつとか。

それを形あるものにするためには、勇気とか、それを成し遂げるためのエネルギーといった戦士の持つ力が必要になるときがくるだろう。

あるいは自分のなかに巣食っている恐れだとか不安だとか無力感に気がついて、内側で眠りこけている盟友としての戦士を奮い立たせることは、あなたが人生を変えるために必要としていたものである可能性もある。

すでにうすうす気がつかれているかもしれないが、「内側で眠りこけている盟友としての戦士」とは、心理学的な用語などではなく、われわれが日本人化していく過程のなかで眠り込ませざるをえなかった内なる「ネイティブ・ジャパニーズ」の部分でもあると、ぼくは信じる。

個人的にはどうあれ、日本人論的に言うならば、われわれは便利なものの世界に屈服して弥生的な生き方を受け入れた(国家の奴隷となった)ときから、地球に生きる人としての「戦士」である部分を封印し、深いまどろみのなか、それを奮い立たせることなく数千年が過ぎようとしているのではないか。


(地球のレッスン)
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19:28  |  北山耕平  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

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