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2010'08.12 (Thu)

ほほえみ ~人の気持ちがわかる人間になる~

私は、そういう感情的なものは、ほほえむためだけに取っておけばいいと思うのです。

では、なぜ神様は笑ったり喜んだりする能力だけを与えればいいものを、わざわざ呪ったり憎んだりする悪い方の感情まで人間に与えたのでしょう?

それは自分で憎んだりねたんだり呪ったりしたことがなければ、現在そういう感情を持っている人たちの気持ちがわからないからです。

それがわからないと、人に対する慈悲の気持ちが出てこないのです。

だから、泣いたりわめいたり呪ったりということも、1つの菩薩行なんです。

泣くのも菩薩行、笑うのも菩薩行、呪うのも菩薩行なのです。

たとえば生活に困らないくらしをしている人というのは、他人の痛みがわからないことが多いでしょう。

それは、困ったことがないからわからないんですね。

本当に自分が困ったことのある人というのは、たとえば困っている人の話を聞いて、自分が辛かったときのことを思い出して、「私があれだけ辛い思いをしたように、今この人は辛い思いをしているんだな」というふうに思うわけです。

自分の通った道だから、相手の気持ちがよくわかるということなんですね。

ですから本当は小学生には小学生、中学生には中学生、高校生には高校生というふうに、人間的な心を育てる教育をするべきですね。

知識を増やすということと、真の精神的なものとはまったく別なものです。

ちゃんとした人格を持った人間に仕立てるために学校というものがあるべきなんですが、今はただ知識を増やすためだけの学校になっておりまして、そういう点ではロボットみたいな人間ができそうな気がします。

知識というものを得たところで無駄にはならないのでしょうが、それよりももっと人格的に、人間的な慈悲の心、あたたかい心、思いやる心を教えるところが本当の学校ではないかと思うのです。

そういう心を持てば、困っている人を見ても冷たくつきはなさないで、「さぞかし辛いでしょうね」という気持ちになれます。

そして、「私はそういうときに、こういうふうな精神の処理の仕方をして抜け出したんですよ。あなたもそういうふうに発想の転換をはかって、考え方を変えていったら少しは楽になるんじゃないですか」ということをアドバイスできるのです。

(ほほえみの首飾り より)
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22:53  |  美輪明宏  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

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