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2010'08.12 (Thu)

ほほえみ ~ほほえみを取り戻すキーワード~


人間というのは元来そういう能力を持っていますし、また、どなたにでもご守護神とか守護霊とか背後霊がいて、ご先祖様のいない人はこの世にいませんから、とにかくお願いをして、守護してもらうようにするのです。

ほとんどの人が錯覚を起こしているのですが、先祖というと本当に狭い部分の人たちだけを先祖だと思い込んでいる。

それは大間違いなんです。

お父さんの両親、さらにその両親、またさらにその両親というふうにさかのぼると、たくさんの人が先祖となってくれているのだということがわかります。

母方にも同様にいるわけですから、本当にものすごい数の人たちの血や細胞や、喜怒哀楽のいろいろな思いが一個の人間の中に入っているわけです。

そして、その中にはいいものもあれば悪いものも混在していますから、その中のよいものだけの力を借してもらうということが大事です。

清い溝を清い水が流れるように、自分が美しい想念を持つようにしなければいけないのです。

けれども美しい心というのはなかなか保てないんですね。

それを保つにはどうしたらいいか?

たとえば「南無妙法蓮華経」というのは、「妙法蓮華経に帰依します」という意味ですね。

そしてその「妙法蓮華経」というものの中には阿弥陀様も入っていれば、八百万の神々も入っている。

そして宇宙の神々のほかに、自分自身も仏の一員として入っています。

どなたにも仏性と呼ばれる仏の部分がありますし、悪魔の部分もありますね。

その仏性が「南無妙法蓮華経」という言葉で呼ばれるわけです。

だからこの言葉は自分の仏の部分がどんどん拡大されていく言葉です。

ともかく「南無阿弥陀仏」でもいいし、「南無妙法蓮華経」でもいい。

いろいろご宗旨もありましょうから、そういうキーワードを1つ持つことが大事なんです。

このキーワードというのは、つまりほほえみを取り戻すキーワードなのです。

(中略)

そういう状態で、「南無阿弥陀仏」でもいいですし、「南無妙法蓮華経」でもいいですし、神道なら祝詞でもいい、とにかく自分の好きなキーワードを唱えるわけです。

そういうことをいつもしていれば、たとえば街を歩いていてカッとすることがあっても、それから渋滞の中で車を運転してイライラして、バカヤロー!なんて言いたくなっても、ハッと「南無妙法蓮華経・・・」というふうに胸をなでる余裕が出てくる。

人間というのは、習慣づければそういうことができるようになるのです。

お題目とかお念仏というものは、そういう使い方をなさるととても便利です。

便利というと怒られますが、そのために神様がくださったと思うのです。

そういう使い方をなされば、毎日が楽に生きられますね。

人間というのは、困難が起こったり、悲しいことが起こったときには、感情だけで理性がなくなってしまうんです。

そうなってもいいから、一時間でも早く理性を取り戻せるようにするには、そのキーワードを言って、ものごとの理屈がわかるような冷静さを取り戻すようにするということですね。

それがあると上手に生きられます。


(ほほえみの首飾り)
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23:32  |  美輪明宏  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

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