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2010'08.15 (Sun)

秋田県 土崎港空襲 ~日本で最後の空襲~

秋田港は雄物川の河口に発達した港で、土崎港と称していたが昭和16年の秋田市・土崎港町の合併により秋田港と改称された。

秋田県秋田市土崎の秋田港周辺は現在でも採掘可能な油田が存在しており、空襲に晒される事も無く無傷のままであった。

終戦前夜の昭和20年8月14日の22:30から翌15日の03:30まで、土崎は米軍機による激しい爆撃を受けた。

秋田県における最初で最後の大規模空襲は日本石油秋田製油所破壊を目的にしたもので、132機のB29から投下された爆弾は12,047発・約1,000トン、製油所周辺は真っ赤に燃えあがり石油精製工場の87%・貯蔵設備の70%が破壊された。

夜間の攻撃だったために目標がそれやすく被害は工場周辺の住宅地区にも及び、特に通称ハマナシ山の日石住宅では住民の被害が大きかった。

港でも工事中の浚渫船2隻が爆撃を受け沈没、死者が出ている。

この空襲による死者は100人とも250人以上とも言われているが、正しい人数は判明していない。

 

秋田・土崎港空襲は、日本で最後の空襲となった。



秋田 平和を祈る乙女の像

秋田県秋田市 港湾公園 / 平和を祈る乙女の像



秋田・土崎空襲
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