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2010'08.24 (Tue)

稲作挿話 / 宮沢賢治



あすこの田はねえ

あの種類では窒素があんまり多過ぎるから

もうきっぱりと灌水(みづ)を切ってね

三番除草はしないんだ


……一しんに畔を走って来て

  青田のなかに汗拭くその子……


燐酸がまだ残ってゐない?

みんな使った?

それではもしもこの天候が

これから五日続いたら

あの枝垂れ葉をねえ

斯ういふ風な枝垂れ葉をねえ

むしってとってしまふんだ


……せわしくうなづき汗拭くその子

  冬講習に来たときは

  一年はたらいたあととは云へ

  まだかゞやかな苹果(りんご)のわらひをもってゐた

  いまはもう日と汗に焼け

  幾夜の不眠にやつれてゐる……


それからいゝかい

今月末にあの稲が

君の胸より延びたらねえ

ちゃうどシャッツの上のぼたんを定規にしてねえ

葉尖(はさき)を刈ってしまふんだ


……汗だけでない

  泪も拭いてゐるんだな……


君が自分でかんがへた

あの田もすっかり見て来たよ

陸羽一三二号のはうね

あれはずゐぶん上手に行った

肥えも少しもむらがないし

いかにも強く育ってゐる

硫安だってきみが自分で播いたらう

みんながいろいろ云ふだらうが

あっちは少しも心配ない

反当三石二斗なら

もうきまったと云っていゝ

しっかりやるんだよ

これからの本統の勉強はねえ

テニスをしながら商売の先生から

義理で教はることでないんだ

きみのやうにさ

吹雪やわづかの仕事のひまで

泣きながら

からだに刻んで行く勉強が

まもなくぐんぐん強い芽を噴いて

どこまでのびるかわからない

それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ

ではさようなら


……雲からも風からも

  透明な力が

  そのこどもに

  うつれ……






けなげな少年を励ましながら、心の内ではその子を菩薩のように見守る賢治のまなざしが温かい。
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