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2010'08.25 (Wed)

告別 / 宮沢賢治



おまへのバスの三連音が

どんなぐあいに鳴ってゐたかを

おそらくおまへはわかってゐまい

その純朴さ希みに充ちたたのしさは

ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた

もしもおまへがそれらの音の特性や

立派な無数の順列を

はっきり知って自由にいつでも使へるならば

おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう

泰西著名の楽人たちが

幼齢 弦や鍵器をとって

すでに一家をなしたがやうに

おまへはそのころ

この国にある皮革の鼓器と

竹でつくった管(くわん)とをとった

けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで

おまへの素質と力をもってゐるものは

町と村との一万人のなかになら

おそらく五人はあるだらう

それらのひとのどの人もまたどのひとも

五年のあひだにそれを大低無くすのだ

生活のためにけづられたり

自分でそれをなくすのだ

すべての才や力や材といふものは

ひとにとゞまるものでない

ひとさへひとにとゞまらぬ

云はなかったが、

おれは四月はもう学校に居ないのだ

恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう

そのあとでおまへのいまのちからがにぶり

きれいな音の正しい調子とその明るさを失って

ふたたび回復できないならば

おれはおまへをもう見ない

なぜならおれは

すこしぐらゐの仕事ができて

そいつに腰をかけてるやうな

そんな多数をいちばんいやにおもふのだ

もしもおまへが

よくきいてくれ

ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき

おまへに無数の影と光の像があらはれる

おまへはそれを音にするのだ

みんなが町で暮したり

一日あそんでゐるときに

おまへはひとりであの石原の草を刈る

そのさびしさでおまへは音をつくるのだ

多くの侮辱や窮乏の

それらを噛んで歌ふのだ

もしも楽器がなかったら

いゝかおまへはおれの弟子なのだ

ちからのかぎり

そらいっぱいの

光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ








(賢治が教師退職を前に、一人の教え子に贈った言葉)
12:33  |  宮沢賢治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'08.24 (Tue)

稲作挿話 / 宮沢賢治



あすこの田はねえ

あの種類では窒素があんまり多過ぎるから

もうきっぱりと灌水(みづ)を切ってね

三番除草はしないんだ


……一しんに畔を走って来て

  青田のなかに汗拭くその子……


燐酸がまだ残ってゐない?

みんな使った?

それではもしもこの天候が

これから五日続いたら

あの枝垂れ葉をねえ

斯ういふ風な枝垂れ葉をねえ

むしってとってしまふんだ


……せわしくうなづき汗拭くその子

  冬講習に来たときは

  一年はたらいたあととは云へ

  まだかゞやかな苹果(りんご)のわらひをもってゐた

  いまはもう日と汗に焼け

  幾夜の不眠にやつれてゐる……


それからいゝかい

今月末にあの稲が

君の胸より延びたらねえ

ちゃうどシャッツの上のぼたんを定規にしてねえ

葉尖(はさき)を刈ってしまふんだ


……汗だけでない

  泪も拭いてゐるんだな……


君が自分でかんがへた

あの田もすっかり見て来たよ

陸羽一三二号のはうね

あれはずゐぶん上手に行った

肥えも少しもむらがないし

いかにも強く育ってゐる

硫安だってきみが自分で播いたらう

みんながいろいろ云ふだらうが

あっちは少しも心配ない

反当三石二斗なら

もうきまったと云っていゝ

しっかりやるんだよ

これからの本統の勉強はねえ

テニスをしながら商売の先生から

義理で教はることでないんだ

きみのやうにさ

吹雪やわづかの仕事のひまで

泣きながら

からだに刻んで行く勉強が

まもなくぐんぐん強い芽を噴いて

どこまでのびるかわからない

それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ

ではさようなら


……雲からも風からも

  透明な力が

  そのこどもに

  うつれ……






けなげな少年を励ましながら、心の内ではその子を菩薩のように見守る賢治のまなざしが温かい。
20:09  |  宮沢賢治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'08.24 (Tue)

散歩、日傘をさす女性 / Claude Monet



monet











モデルの母子はカミーユとジャン。

一瞬の中の永遠.

モネは優しい眼差しで愛する家族を描いた.

家族の絆、愛を感じる.

今、一緒にいる、かけがえのない家族.

この広い宇宙の中で、時空を共にすごしている奇跡.

私にはそのように想える.
06:05  |  芸術  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'08.24 (Tue)

あなたに Ⅰ

あなたに Ⅰ


出来ないからって

いじけていてはダメ

私だって 九十六年間

出来なかった事は

山ほどある

父母への孝行

子供の教育

数々の習いごと


でも 努力はしたのよ

精いっぱい

ねえ それが

大事じゃないかしら


さあ 立ち上がって

何かをつかむのよ

悔いを

残さないために




(柴田トヨさんの詩集  『くじけないで』 より)
05:40  |  柴田トヨ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2010'08.24 (Tue)

思い出 Ⅰ

思い出 Ⅰ


子どもが

授かったことを

告げた時

あなたは

「ほんとうか 嬉しい

俺はこれから

真面目になって

働くからな」

そう 答えてくれた


肩を並べて

桜並木の下を

帰ったあの日

私の 一番

幸福だった日




(柴田トヨさんの詩集  『くじけないで』 より)
05:36  |  柴田トヨ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top
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